レザークラフトの面接結果
仕事終わり、少し気温が暖かくなったので、バイクで地域のクリニックへ向かっていた。バイク運転中に、息子からLINE電話がかかってくる。
だいたいわかった。メシの誘いだろう。
帰宅後に連絡するとだけ伝えた。着いたクリニックは少し混んでいた。いつもの受付の猫目の女性と、カウンター越しに会話を楽しみながら、診察を終えて、僕は帰ってくる。いつもの定期通院だ。いつものように、何事もなく。
帰宅後、息子に連絡して仕事場で待ち合わせをした。もらってきたクスリを飲もうと思った時に、息子が入ってきた。顔を見るなり「レザークラフトのバイト落ちたんだけどー」と、少しやる気のなさそうな感じで言った。
やる気のなさそうな表情は、まだ整理がついていない様子というか、熱があるのに、この炎をどこへもっていっていいのかわからないといった感じだろうか。
「そうか。ダメだったか。まぁ、結果にしばられず、今回はよく行動したと思うぞ。」と僕は伝えた。モヤモヤした感触を感じながら、なんだか込み上げるものがあった。
僕は深く息を吐いて、椅子に座り、力が抜けた。次の言葉を探していた。
息子の熱量
いろいろ言葉を探したが、なかなかしっくりくる言葉が見つからない。ガスストーブの前に立ち、温風を浴びながら、息子は天井を見上げている。
息子の質感がざわざわしていた。
「お前のスキルは、プロの世界では、まだまだという事なのか?」と問いかけた。息子が作るズボンは僕にはわからないが、プロの世界では通用しなかったということだな、っと断定するほど、僕は認めたくなかったのかもしれない。
息子の可能性を一番信じていたから。
ただ、息子の話は、新たな疑問を生むものだった。
「いや、違うんだよ。ジーンズもっていったんだけどさ、全く見てくれなかったんだよ。裏生地の縫製なんか全く見てくれなかった。」
僕は意外だった。職人がスキルを見ないとはどういうことだろう?
「面接用に財布も作ったのにさぁ、自分の財布を観察してさ、真似て丁寧に縫製もしたんだけど」と息子が言うので、正直、僕は改めて息子の熱の入りようが、今までとは違ったのだと感じた。
モノ作りにかける情熱が溢れている。レザークラフトの仕事がマジでやってみたかったんだ。この熱量を面接する人は、なぜ感じれなかったんだろうと僕は不思議に思った。
圧縮と解放
「作品持ってきてとかいうから、ジーンズもっていったのに、ロクに見なくてさぁ、聞かれたのはどういう想いで作ってんの?って聞くから、圧縮と解放って感じですかね。って答えたんだ。」
圧縮と解放だって?
「するとさ、おかしな顔して、どういうこと?って言うんだよ。」
そうだな・・・、誰でもそういうわな。と僕は心の中で腑に落ちた。
「こっちが真剣に話してるのにさ、わかたような、わからないような顔して」と息子は続ける。
そうか、そういう事か。息子は感性で生きている。だから言葉にする前の沸き立つ感覚を捉える。それを言葉にしようとしたときに、抽象的な言葉が出てくる。例えば、空間が歪むとか、空間が変わるとか、服は空間にすぎないとか。
それを僕はずっと聞いているから、なんとなく言いたい事がわかる。息子の抽象語を言葉に変換して、こういうことかな?と問うと、「そう、それ!」と息子は言葉を受け取る。そして構造理解に繋げてゆく。つまり会話の中で、僕が息子にイメージしやすいように翻訳しているわけだ。
それを面接官に求めるのは酷だと思った。そりゃ「なんか意味が解らん事いってるガキがきた」と思われても仕方がなかった。
どうやら、息子は感性でモノ作りをしていて、それをそのまま伝えただけにすぎない。ただ翻訳出来ない面接官には、全く伝わらない。だから会話が終始かみ合わなかったというわけだろう。
息子と社会の相性
「君、落ち着いているね」と面接官が言ったらしく、「そうっすか?」と答えたらしい。それに「君、緊張してる?」とも言われたようだ。
ここから僕なりに推測すると、面接官は経験とプロ意識がある。そこへハタチそこらのモノづくりを趣味でやっている小僧が来た。素人が訳の分からない事を言って、しかも話し方も態度も軽い。本当に働く気があるのか?それが面接を受ける態度か?と思ったのかもしれなかった。
息子が手振り身振りで説明しているのを見て、モノ作りの熱が、相手に伝わらないどころか、集団に馴染まない性質が、面接を受ける時のマナーの無さに繋がっているのかもしれないと思った。
ただ、息子の肩をもつのならば、僕は息子の事を面白いと思う。どこかで化けるんじゃないかとも思う。一点集中で爆発力があるから、何かやってくれそうな気がする。
そのカリスマは佇まいにまとわりついている。
これを面白い奴が来たなと思えなかった、面接官の器のなさを、僕は残念に思った。
僕の職場はキャラが立つ人が多い。東側(仮名)は定年退職をして、経験値とプライドで、組織に規律を持ち込んだ。中山(仮名)は、視野の広さと幼い道徳観で、現場に笑いと柔軟性を持ち込んだ。東田(仮名)は、とてもおしゃべりだけど、視野が広くて流れをつくる。立川(仮名)は、呑み助だけど、いつも小走りに動き回っている。
キャラが立つ人って、オールマイティーではないけれど、得意とする分野が際立って強い。それを面白いと感じる僕がいて、キャラ強めの人が僕の職場には集まってくる。
その面接官は、普通を探していたようだけど、キャラ変な人材を面白いと感じる感性があったらなぁと残念に思った。そして、こういう上司につく息子は、たぶんストレスになるんだろう。だから採用されていたとしても、人との衝突は避けられんだろうなとも思う。
ダイヤの原石
「服作り、めちゃおもしろいわ」と息子は言う。「今、ジーンズに合う、ジャケットを作ってる。」と言う。そしてモノづくりの熱量を熱く、訳のわからない表現で語る息子がいる。
留学して、世界を見て、視野を広げて、英語力もつけてきた。そして韓国の友人に「東京に、服飾専門学校があるんだよ。そこに一緒に入学しないか?」と誘われたのを機に、「欲しい服がなかったら作ればいいじゃん」っという着想を得る。そこから服作りが始まった。
これが息子のモノ作りに目覚め、自分の道をみつけた経緯だ。
「やっとやりたい事が見つかったんだな。」と僕は息子に言った。
「自分の感性をうにゅうにょっと出してカタチにするんだ。生きた証をカタチにしたい。」と、小刻みに顔を振って話す。細い身体で顔だけ動くと、まるで奇妙な人形だ。
不思議だけども、モノ作りの感性だけは立ち上っている。話すと不思議なオーラを纏っている。友達は好きな事に満身創意で行く息子がまぶしく見える。だから息子の立ち振る舞いを真似する友達がいたり、来ている服を完コピする友達がいたり、電話をかけてきて泣きじゃくる友達もいたりする。
独特な狭いコミュニティーが自然と作られて、その真ん中に遠くを見ている息子がいるわけだ。
このダイヤの原石を、どうにか社会へほり込んでやりたいが、面接というハードルが立ちはだかった。社会と衝突する性質をもった息子の課題が、またひとつ増えたわけだ。
ジョニーウォーカー黒ラベル
さぁ、どうするか・・・。
どう導けばいいだろう。
「君ならどうする?」と僕は、かつてそこに座っていた妻に話しかけそうになる。
妻は子どもたちの事を思慮深く観察していた。そして的確なアドバイスを僕にくれていた。
いつだったか、だんじり祭りの時だったかな?
「あの子は、パパを尊敬しているんだよ。だからパパの事を呼び捨てに出来るのは俺だけだと思っているの。」と妻は言っていた。
僕はその妻のその言葉が嬉しかった。僕はいつだって彼女の言葉に背中を押されていた。
かつての家族の風景がふと胸をかすめる。
誰に応えるにでもなく「わかったよ」っと僕はひとりつぶやいた。
少し待ってみようと思う。息子の話に耳を傾けて、面接官の見方を提示したり、自分のモノ作りの想いを言葉にできるように、もっと息子との会話を重ねてみたり、息子の長所を活かす方法を、僕なりに試行錯誤してみようと思った。
ジョニー・ウォーカー黒ラベルで作った、ホットウイスキーを嗜む夜が更けていった。
