うどん屋
今夜は登山部の飲み会がある。登山部は祭礼団体に所属していた時の仲間が集ったグループだった。僕が登山を趣味にあちこちの山を登っていたので、自然と僕が部長と呼ばれるようになっていた。
今夜は登山部の打合せという体裁をとっていたが、実際は飲み会だ。だからお腹を空かせて行こうと思っていたんだけど、息子からLINE電話が鳴り「今、どこ?」っと。たぶん仕事場に行ったんだろう、でも僕はいなかった。土曜日は半日だけ休みをもらっているから、僕はバトルフィールド6というゲームで戦場に出ていた。スタッフから「主任は休みですよ」とでも言われたのだろう。
いなかったから僕にLINE電話をかけてきた。要件は「メシに行こう」という事だったが、それだけではないんだろうなと感じた。僕の仕事場まで来て、わざわざLINE電話までしてくるんだから、なにかあるんだろうと思った。
「うどん屋にいかない?」と。僕は登山部の飲み会が控えていたが、息子の話に付き合う事にした。たぶん僕に何か話があるんだろう。
レザークラフト
丸亀うどんに入り、僕たちはいつもの座敷でゆったりと座った。カウンターよりも座敷のほうが話に集中できる。だから息子と来る時はいつも座敷に座る。出来れば一番端の座敷が良かったが、あいにく両脇の座敷が埋まっていたので、仕方がなく真ん中の座敷に陣取った。
奥に座った息子は、座ったとたんに「バイトに応募したよ。」と言った。まだメニューさえも開いてはいなかった。
僕はあまり期待せずに「へぇ、どこにしたんだ」と尋ねた。いろんなバイトを息子はやってきたが、続いたためしがない。ラーメン屋は高校の友人のつてで入ったのに寝坊してクビになった。牡蛎小屋のバイトは年上の漁師と喧嘩して辞めたし、ホントに集団のルールには馴染みにくい息子だった。別れた妻が「難しいわぁ。」と息子の教育に悩んでいたのが頭によぎる。
「ひとつ面白そうな仕事があってさ、レザークラフトの会社なんだ。」
「ほぉ。レザークラフト・・・」正直、意表を突かれた。思いもよらないバイトだったからだ。レザーといったら革なんだろうが、いったいどういった仕事をするんだろうか。革製品の販売員か?接客をするつもりなのか?あぁ、こりゃ続かないわ。と思った。息子が接客業をするなんてイメージ出来ない。
「だけどさ、週5の勤務でさ、時間が溶けるからさ、断った。」
やっぱり。いつもこんな感じだ。なにかに理由をつけて、あれダメ、これダメと言う。僕の期待はあっけなく失望に変わる。「ふーん。断ったのか。なんで?」と一応聞いてみた。
「週5で働くって、時間が溶けるからさ、製作時間が減るから辞めますって辞退した。」
僕はメニュー表を息子に差し出して、「そうかい。で、どんな仕事だったんだよ?」と聞いた。
「革製品でさ、革で小物とかを作る仕事らしい。面白そうなんだけどさ、週5だからね。」
それを聞いて、僕は少し興味を持った。販売員ではなくて、製作者の募集なのか。なるほど。物作りにかけては息子は得意中の得意だ。これはもしかすると、もしかするかもしれない。そう思った僕は、詳しい応募要項とか、どんな会社なのか?とか、どんなものを製作しているのか?とか、いろいろ気になり始めた。
「なるほどなぁ。ちょっと見せてみろよ。」と、僕は息子にスマホをもらって、募集要項の掲載しているサイトを眺めた。

正しさを押し付けない
息子のスマホで募集要項を確認すると、顧客との交渉から、製作、販売までの一連の仕事をお任せしますと書かれてあった。それに募集要項には20代から30代限定の募集で、専門学校生卒や、美大卒や、一般のモノづくりが好きな人が、スタッフとして働いているらしかった。
なるほど。これはなかなかに息子向きの仕事かもしれないと感じた。この仕事にハマれば、きっと息子は大化けするかもしれないとも思った。
僕はざるうどんを注文し、息子は鍋焼きうどんと馬刺しを注文した。旨いものを食えば、心身ともに充実するけども、その馬刺しの価格は高いんだけどな・・・と節約生活している僕としては、ここで一気にチャラになるなと、少し肩を落とした。
「モノ作りの現場に入るというわけか。なかなか、面白そうだな。」と僕は言った。
「でしょ。パパもそう思うよね。」息子も第一印象でやってみたいという火は灯っていたようだった。
「そうだな。物作りに長けているお前向きの仕事だとは思うわ」改め言葉にして息子に伝えた。たぶん面白そうと言った息子は、まだ言語化出来ていない。なぜ面白そうだと思ったのか、会話することでカタチを掴んでゆくタイプが息子だからだ。
なるほど、今日はこの話にカタチを持ちたかったのか・・・、とメシに誘ってきた事が腑に落ちた。
「だけどなー、週5なんだよね。ここがネック。交渉したけど、週5の人を探しているからというからさ、断ったんだよね。」と息子は話し続ける。
どうも、息子は労働に対する意識が「嫌な事、無価値な行為」として固定しているらしかった。これは友達の影響だなと僕は思う。工場勤務している友達とかが、会社の寮生活で狂いそうになっているという話を、以前聞いた事があるからだ。
「時間の方が大切じゃん。製作時間が削られるよ。」と、息子はあくまでも創作活動にこだわった。
「ほう。11:00~20:00までの勤務って書いてあるけど、寝坊癖のあるお前ならこれは最高な時間設定なんじゃね?」と僕は言ったが、これは本心でそう思った。寝坊したという事は数知れず、僕もだいぶすっぽかされた。11:00なら大丈夫だろう。
「まぁ、それはそうなんだけどさ、週5で働くとかありえない。」息子はやっとズボンを完成させたばかりだった。完成までこぎつけて、自分の熱をズボンとして表現したばかりだ。創作活動が面白いという実感を伴った言葉だったし、創作時間を労働で奪われるのを嫌うのも、なんとなくわかった。
そこで、僕は少し違ったアプローチをしてみた。「今さ、やっとズボンを完成したわけじゃん。ひとつの作品が出来たわけだよね。友達は2万円で売ってくれというけども、果たしてそれは2万円の価値があるんだろうか?」
息子の作ったズボンは自己完結の世界だ。これがプロの世界で通用するのか?という問い、視点に息子を導いてみた。
「つまり、パパが言いたい事は、プロの基準をまだ知らないわけだろ。それで自分の作品を最高だと言い切っているわけだけど、その気持ちはすごくわかる。そこをわかったうえで改めて問いを立てるけど、この仕事はプロの現場だよね?この中でもまれて新しい知見が開くかもしれないと思わないか?ということ。」
ざるうどんが運ばれてきた。息子の鍋焼きうどんも運ばれてきて、一気に美味しそうな空間になった。息子は箸をとってくれる。この優しさが息子らしい。この配慮とかは、妻の影響なんだろう。次は僕の番だ。出来得る限り、父親を頑張ってみようと僕は話し続けた。
「もう少し違う視点で見方を変えてみようか。お前はこれから個人の時代と言った。それはパパもそう思う。だから個人で製作し販売をする。それも世界を相手にだ。そうだったよな?」っと、息子に改めて言葉にして投げかけた。
「そうだよ。外貨を稼がないと将来がない。日本で消費合戦したところで消耗戦だからね。」と息子は言う。自分の言葉で話せるという事は、自分の中で整理が終わっている証拠だ。息子の考えをしっかり押さえながら、次のピースをハメてゆく。
「それを前提で考えれば、お前はこの先、店をもつことになるかもしれない。その時に、客との交渉、仕入れ、製作、販売の構造を知っているのか?店だけ構えて、ノウハウ知らないなんて話にならんだろう。」
個人の時代だ。だから個人で店を構える。だけどノウハウはどうするんだ?という問いを息子にぶつける。会話を組み立て、足りないピースを息子に提示する。
「もし仮に、レザークラフト会社でバイトをすれば、ここでノウハウを知る事は出来るわな。しかも他人の金で学ぶ事が出来る。給与をもらいながら、ノウハウを学べるわけだ。たとえ失敗したとてリスクを負わなくて済む。なかなかの好条件だとは思わないか?」
「確かに・・・」と息子はいった。どうやら足りないピースはうまくハマったようだ。そして最後に週5の課題について、違う見方を提示してみた。ここが本丸だ。
「そしてお前は、見方が一つに固定されてる。週5で働くなんてあり得ないと言ったけどさ、それ友達と比較してるよな。友達は好きな仕事でもない、やりたくない仕事を週5でしているんだ。だから時間が溶けるという発想になるが、お前は好きなモノづくりを仕事にしようとしているわけだ。」
しっかりイメージしてくれよ。お前の癖のある見方にこれから色をつけてゆくんだから。色づく質感が立ち上がったら、どう見え方が変わるのか、お前の得意な感性で感じ取ってくれよと願いながら、僕は続けた。
「好きな事をすると、時間を忘れるだろ?これは時間が溶けているのか?友達の週5と、お前の週5は、同じ週5でも質が違うとは思わないか?」断定で話すと息子は反発する。余白がなくなるからだ。だから僕は問いを立てる。そして息子は考える。その繰り返しだ。
「確かに・・・」と息子が言うのを、聞いたと同時に、僕は深く息を吐いた。
僕は息子に正しさを説いているわけじゃない。息子の正しさは息子にある。僕の正しさは僕にある。過去、別れた妻に僕の正しさを押し付けてしまった後悔が僕にはある。だから、この繰り返しはもうしない。
僕は息子に正しさではなく、構造を言葉にして息子がイメージしやすいようにする。息子のやりたい事と、このバイトは構造的に似ているという事を説明しているだけにすぎない。こういう見方をすれば、こういった構造が見える。さらに違う見方をすれば、こういった側面もあり、やっぱり同じ構造が見えてくる。
モノ作りがしたい、革細工で出来る。
面白い事に熱中したい、モノ作りに熱中できる。
好きな事に没頭したい、週5でも濃密な時間。
個人で販売したい、ノウハウを学べる。
生地を買いたい、好きな事をしてお金を稼げる。
だから、どっちに転んだところで割りが良い、っという構造を言葉にした。ただそれだけだ。

構造の言語化
馬刺しを一枚口に入れて、息子は言った。「確かに、パパの言う通りだけど、もう断ったんだよ。」
「そうか、それは残念だな。面白そうだったけど、また次があるよ。」と僕も息子から視線を外して、ざるうどんをすすった。冷たい細うどんは、コシがありすぎた。
「週5がなぁ・・・」と、断った理由を正当化しようとしていた。人というものは、自分の決断が間違っていなかったと信じたいもんだ。だから断った理由をアレコレとつける息子がいる。
だけど、僕は思う。一度、挫折を味わったら、不変なものなどない事を知る。人の心は変化するし、あの時こう思っても、後から考えが変わる事もある。だから揺れてもいい。揺れる事のほうが人らしい。正しいや間違いで自分の考えを固定化させるのではなく、「今どう在りたいのか?」という問いを立てつづける方が柔軟性があって、強くなれる。これは僕のこの6年の経験則だ。
「へぇ、これいいな。欲しいな。」と僕はひとりつぶやいた。
僕は募集要項の最後に書かれてあった、会社HPのアドレスをクリックして、レザークラフトの会社がどんな商品を売っているのかを眺めていた。そして店舗情報をクリックしてみた。
「なんだ。これ個人でやってると思ったが、店舗が全国にあるじゃないか。しっかりしてそうな会社だ。」と言うと、息子はスマホを僕から取り上げて、HPをチェックし始めた。
「あ、ホントだ。大手か?この会社?」
と、息子は食い入るように見ていた。
感情のリアル
食い入るようにHPを見て、商品ページも見たのだろう。というか、なぜHPまで確認しなかったんだろうと不思議に思ったけど、この息子の反応はとても良かったと思う。
募集要項は文字の羅列だ。文字情報だけで会社のイメージを作るのは、たぶんというか、きっと息子には苦手分野。息子は言葉よりも先に沸き上がる感覚を使って生きている。だから文字からイメージを読み取るなんて事は出来ない。
HPに掲載している商品を見て、店舗の写真を見て、工房の写真を見て、息子の中に沸き上がってくるものを、感性で捉える。そしてこの瞬間に「やってみたい」という熱を帯び始めたようだった。
人というものは、理屈では動かない。理屈で動かないのは、僕が福祉の事業をしてきて、嫌というほど体で理解している。人が動く時は、行動に繋げるトリガーは、感情なのだから。
だから、息子が会社HPの数々の写真を見て、「やってみたい」という感情が沸き上がった。商品の写真を見て、工房の写真を見て、息子の感性が働いた。感情が沸き立ち、やってみたいという衝動が走る。それがとても良かったと僕は思った。
「今から電話しても失礼じゃないかな?」
「一度、断ってるけど、面接してくれるかな?」
僕の経験では、こういう業界は、求人の電話は時間帯より「熱」を歓迎することが多い。どんな時間であっても、一度会ってみよう、熱量を持った人材を見つける機会損失をしないでおこうという心理が働くものだ。
だから、土曜日の18時という時間は、今から電話してもぜんぜん大丈夫だし、考え直してやっぱりエントリーするというのも大歓迎だと感覚的にわかる。
ただ、僕はその情報は息子には伝えなかった。ここからは僕の領域ではないからだ。非暴力コミュニケーションを軸に置いている今の僕は、常に境界線を見ている。
構造は提示した。そして息子はそれを理解した。僕が出来るのはここまで。この先は息子の領域だ。電話するか、しないかの選択は、息子が決めればいい。今の僕は、息子の選択に立ち入る事はしない。
だから僕は「さぁ、わかんないなぁ」とすっとぼけた返答しかしなかった。
食べかけの鍋焼きうどん
息子はスマホを持ち席を立った。
後には食べかけの鍋焼きうどんが残されていた。まだ半分も食べていなかったが、たぶん今の息子には、うどんも、馬刺しも、僕も、店の客も、すべてが消えていただろう。たぶん、レザークラフトの仕事しか見えていない。
「やってみたい」という衝動が息子の背中を押した。そして一度断ったハズだったが、自分の選択を正当化していたハズだったが、一気にそれらを突き破って、「すみませんが、気が変わりました。面接してくれませんか?」と態度を変えたわけだ。
モヤモヤする気持ちを、会話をすることで、カタチに出来たわけだな。今日の僕の直観もなかなか冴えている。飲み会の前の、うどん屋は抵抗があったが、息子を優先して良かった。
僕はざるうどんを食べ終わって、ぬるいお茶をすすっていた。
ついに発進
明日、月曜日に面接だ。親としては受かってほしい。受かって息子の喜ぶ顔が見たいっと願っている。
作品を持ってきてという事だったので、出来上がったばかりのジーンズを持ってゆくのだろう。息子は履いていくと言っていたが、「なんで履いていくんだよ。職人ってのは、たぶん見えない裏生地の縫製とかを確認するわけだろ?履いていっちゃ見れないじゃないか。」と止めておいた。
息子のジーンズは、立ち止まっているとストレートに見えて、歩き始めると裾が広がって見えるという、空間の変化が特徴だ。だから履いてこそ立ち上がる価値なんだろうが、たぶん職人はそこを見ない。縫製スキルを確認したい。その一点だと思うぞ、っと伝えておいた。
採用不採用に関わらず、今回やっと発進の兆しを見せてくれた。
これで良かったかな。
僕は昔と違って、もう押し付けないでいられただろうか?
