豚肉と山芋のピリ辛炒め

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なんとかなりそうなメニュー

外に出ると吐く息が白くなって、「ん?もしかして今日は寒い?」なんて事を思ったら、風が吹き抜けて「さぶっ!」と思わず上着の襟を立てた。

事業所の扉の鍵を開けて入ると、ヒヤッとして、ガス暖房とエアコンを入れ26℃まで上げた。そして厨房に行って、鍋に水を入れて温める。

そこから冷蔵庫を開いて今日の昼ご飯の食材を出して、メニューを覗き込んだ。今日のメニューはなんだろう?この瞬間が息を飲み込む間があって、そしてホッと息を吐いた。

  • 豚肉と山芋のピリ辛炒め
  • 切干大根煮
  • ほうれんそうのオーロラ和え
  • お味噌汁。

なんとかなりそうなメニューだった。

前任の厨房スタッフが辞めてから、1年ほどになる。この間にスタッフがかわるがわる厨房に立っていて、今日は僕の当番だった。


今は僕ひとり

メニューを凝視し調理手順を確認する。ピリ辛炒めの項目で「長芋に片栗粉をまぶして油で揚げる」と書かれてあった。油で揚げるか・・・。少し思考が止まり、調理の順番がわからなくなって、どうしたものかと考えるが、何も浮かばなかったので、考えるのをやめた。

とにかく早く調理にかかって、出たとこ勝負で行こうとシンプルな根性論に落ち着いた。

そこからは、とにかく時間との勝負で、煮物からやっつけてしまおう・・・とか、ほうれん草は冷凍だから電子レンジでチンして・・・とか、味噌汁は出汁だけとっておこう・・・とか、そして長芋は短冊に切って片栗粉をまぶして、ひっつかないように一枚一枚丁寧に油で揚げたりとか、とにもかくにも僕にとっては戦場だった。

もうデイルームのことなんか考えている暇がなかった。視野が狭くなり、とにかく手を動かす。皮をむいて、切って、出汁をとって、煮て、揚げて、とにかく時間までに仕上げなければいけない。

その一点に僕は集中していた。

バタバタ調理して、シンクには洗い物が散乱してゆく。積みあがったボールや、たまねぎの皮や、冷凍のビニールや、まるで厨房が大爆発を起こして調理器具が、そこらじゅうに飛んだかのような惨状になってきた。


何が起きている?

「ちょっとまって」とか、「どうしたん?」とか、「横になっといたほうがいい」とかデイルームから断片的ではあるが、バタバタとスタッフが小走りで対応しているような声が聞こえてくる。

「なんか起きてるな・・・」

とか感じて、だけどそれどころじゃない厨房の惨状が、僕をデイルームに行くのを阻んでいた。

「お前、他にかまってられんだろ。行ったところで昼メシ止まって大混乱だぞ。出しゃばりのアホかよ。」ともうひとりの僕が言った。

レンジの中にはほうれんそうが、切りかけのたまねぎが、ぐつぐつと沸騰しはじめた切干大根が、どんちゃん騒ぎの厨房で、暴れだす食材たちを見張ってなくちゃ、どれもこれも取り返しのつかない事になりそうだった。

「血がでてるじゃないの?」と驚きの声がデイルームに響き、緊張が走ったけれど、リーダーの中山(仮名)の声が聞こえていたし、ジャズシンガーでもある看護師の弓倉(仮名)の声が聞こえていた。

なにをどうしたのかわからなかったけれど、彼女たちは場を収めたらしかった。そして集中を切らした僕は、再度調理に全神経を注いで、現場のすべてを託して、僕は僕のすべきことに向き合った。


行動力のあるあいつ

最後の仕上げで豚肉と山芋のピリ辛炒めをやっつけていた。

豚肉は冷凍で搬入されていたので、水分がとにかく噴き出す。だから調理行程を細かく分解した。たぶん調理行程を分解したほうが美味しく出来ると踏んでの判断で、冷凍豚肉を熱したフライパンで炒めたとたんに、一気に水分が出てくる。それがフライパンの熱を奪い、さらに水分が出て、煮るに近い調理となってしまう。

だからボールにいったん肉を出し、水分を捨ててしまってから、再度炒めるという行程を挟む。そこにたまねぎを投入して、塩コショウをふり軽く痛めて、あくまでも軽く。じゃないと、たまねぎのシャキシャキ感がなくなってしまうから。そして軽くフライパンをふりながら、そこから再び水分を逃がすためにボールへ移す。

何度も水分を逃がす行程を挟む事で、べちゃべちゃ感が無くなる。冷凍食材を調理するコツだ。

そこにトウバンジャンと砂糖醤油を合わせたタレを投入して、全体に馴染ませたところに、片栗粉で揚げて衣をまとった山芋を入れた。トウバンジャンが山芋に絡んでゆく。そしてシャキシャキ触感の甘辛ピリ辛炒めの出来上がりだ。

さぁ作品が出来上がったと意気揚々で、更に盛り付けている最中に、再びトラブル発生で、利用者の金野さんのインシュリンが無いという。

「主任さん。インシュリンがないから食べれないんですけど、どうしたらいいですか?」と看護師が僕に、責任者の中山が「息子さんに連絡してもらっていいですか?」と、「連絡してどうするんだよ?」と言って中山を見たと同時に「私が取りに行きます!」というので、なるほど、意図はわかったと息子に連絡して了解を得て、「冷蔵庫に保管しているらしいぞ」と中山に伝えると、一瞬でいなくなった。

「すげぇ行動力だな。あいつ・・・」と僕は感心した。

その次に、金野さんの医療的管理を中心的に行っている訪問看護ステーションから連絡が入り、インシュリンの事で問題があったようですがといった連絡のようだった。

僕は電話に出ても、状況を把握しきれていないのでわからない。わからないまま電話に出てもなぁと、なんか呼吸が浅くなり、眉をひそめたその時に、弓倉看護師が「私が状況を説明します」と電話をとった。

その頼もしさといったら、「あぁお願いします。助かった・・・」と正直思った。まるで、第4コーナー曲がってからの、軸馬の怒濤の追い上げで馬券を制したみたいな、そんな感じだった。


現場は現場にまかせておけ

安堵の中で僕は、最後の盛り付けをして、料理を仕上げて、配膳はスタッフにお任せして、戦後の厨房の片づけをしはじめた。

生ごみはゴミ箱へ、油まみれのフライパンはスッキリ落として、細かい調理器具も洗剤で清めて、キレイになにも無い気持ちが良いシンクに戻っていった。

そして、帰って来た食器は何もなく。すべて完食されて、育成会で一緒だった立川(仮名)さんに「主任、さすがやね。めちゃ美味しかったよ」と嬉しい誉め言葉をもらって、ちょっと照れたけど嬉しかった。

僕は厨房だけに集中していたけど、かなり周りが頼もしすぎた。「すまない。今は厨房で手がいっぱいだ。応援は回す事は出来ない。現場でなんとかしてくれ」と、応援を要請する戦場に断りを入れる参謀みたいな感じだったが、というよりも「現場でなんとかする」というスタッフの想いに肩透かしを食らった感じかな?


今は

以前であれば、報告が回ってきた。そして判断を迫られた。すると厨房を離れないといけなかっただろう。厨房を離れて、緊急対応にあたり、どんどん場が崩れていったわけだが、今は自律的に動くスタッフに囲まれているから、そうはならなかった。

これ以上でも、以下でもない事実だった。


みんながヒーロー

たぶん当たり前のことなんだろう。デイ責任者が、自分の責任で現場を回す。見事に中山はそれをやってのけた。緊急事態の判断と、インシュリンを忘れた時に迅速に「自分が動く、だって責任者だから」といった想い。

そのなかで看護職員の職責があって、「利用者の健康管理については、私が責任を負っている。だから必要な事は伝えて、他事業所とも対等に交渉する」といった動き。

そして、介護職は指示に従い淡々と業務をこなす。リーダーや看護師の判断に任せながらも、全面的に任せきりにせず、能動的に動いていくという気持ち。

だから淡々と仕事が進んでゆく。


自律した現場

なんだろう。良い環境になったなと思う。

だから僕はアホでいられる。

いろんなスタッフがいて、振り回される事もあるけども、
振り回されている主任さんでいいと思えた今日この頃でした。

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il vento d’oro

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この記事を書いた人

福祉事業の経営をしてます。①小規模多機能のケアマネ②現場の介助③厨房で料理作り④体操教室など地域ボランティアをしています。
「やってみる」を軸に人生の幅を広げます。ウインドサーフィン・登山・カメラ・バイクはSV650・競馬・FX・株式投資・投資信託などなど。体験を記事にしています。

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