手が伸びなくなったもの

アメリカンフットボール部に所属していた僕は、ひとり校庭を走っていた。僕はみんなのように腕力があるわけでもなかったし、身体が大きくたくましいわけでもなかったし、相手の威嚇し負かすすごみも持ち合わせていなかった。だから僕のすることは基礎体力を上げる事のみに今は集中してた。みんなとは別メニューを淡々とこなす。別メニューを割り当てられている事に、さして負い目は感じなかったし、今は自分の強みを見いだせていないだけで、静かな熱は確かにあった。

校庭を走っていると、前にショートカットのかわいい女性が僕に笑いかけてきた。僕は思わず見惚れてしまった。その女性は僕の前を走りだし、なぜだか僕も追いかけるように走り出した。とても幸せな気持ちでいたが、校庭の端に着くと、彼女は振り返り僕を見た。その顔はしわくちゃになり大粒の涙が頬を伝い、彼女が来ていた水色のTシャツの胸元に落ちて、水色をさらに深い色に変えた。

それが夢だと気づくまでそう時間はかからなかった。心臓の鼓動がドクドクと響き、ゆっくり呼吸をして収めようとした。時計を見ると4:00を差していた。いつ寝たのか、そして途中起きたような気がするけど、記憶もあいまいで、なぜだか寂しさだけが残り香のように空気に漂っていた。

今日も眠りが浅く、レム睡眠が何度も訪れたので、たぶん眼球を揺らしながら、僕は何度も夢をみたのだろう。

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時間の使い方が変わったという事実

最近は、妙に頭が冴えた目覚めをするので、寝起きのまどろみを愉しむことが少なくなった。リビングに向かって、窓の外は暗く、加湿器の明かりが部屋を照らし、ベランダに通じる大きな窓が曇っていた。

T-FaLのポットでお湯を沸かし、アールグレイのツンとした香りが立ち上がるなか、パソコンを起動しブログを書き始める。よくよく考えると、僕の可処分時間の大半がブログで消費されている。毎日更新を意識しているから、おのずとそうなってしまうわけだけど、それでもブログに消費する時間が多くなった。

息子が「メシいこうぜー」と仕事場に現れたり、佐藤社長が「やまちゃん、今日どう?」と甘えた口調で電話がかかってきたり、登山部メンバーから「部長、飲み行くんですがこれますか?」とlineが入ったり、急な誘いがあると、そこに時間を使う時もある。

そんな時間でも、文章を情景に添わせる練習をしている。たとえば、息子が話している熱量とかどう表現したらいいかななんて考えていたり、佐藤社長がツーリング終わりの飲み会で言い争いになったと話す表情や息遣いを、豚足のガラが皿から飛び出したとかで表現できないかとか、登山部の飲み会であわや他人の期待を先読みして、応じようと昔の自分が顔を出し始めたのを風景で表現しようと試みたりとか。

明らかに僕の時間配分は変わったのだと思う。以前であればYoutube動画を作るのに時間を割いていたり、写真撮影に出かけて、Lightroomで現像して作品作りに時間を割いていたり、Procreateで絵を描いていたり、ゲームに割いていたりしていたのだけど、今はブログに時間を集中投下している。

そして特に江國香織の「シェニール織とか黄肉のメロンとか」を読んでからは、というか読んでいる最中なんだけど、文章の使い方が美しくて、呼吸してて、そして最後まで書ききらなくて、読者の解釈の余白を残してくれている世界の心地良いこと、このうえなくて、知らず知らずにその文章をなぞってしまう。

いつの間にか、「小説を書いてみたい」と思っていた高校生の頃を想い出して、その夢にもう一度、色を塗り始めようかなと、そう思い始めている。


YouTubeを手放していることについて

Youtubeは、登録人数800名ぐらいだけど、そこにはコアなファンがついていてコメントが多い。それに丁寧に返信を返す事でさらに関係が深まり、狭く深くのコミュニティーが出来上がってきている。

始めた頃はお金を儲けようと思って、「介護福祉士受験講座」とか動画をアップしてたけど、もちろん、そんな付け焼刃ではなんともならなくて、登山とか、カメラとか、旅行とか、バイクとか、いろいろ迷走しながら、ウインドサーフィンになって、でもまだ迷走の最中で、気が付けば僕自身がコンテンツとなっていて、そう、50代オッサンの下手くそなウインドサーフィンを応援してくれる人のコミュニティーが出来上がっていたという。

だからコメント欄で次の動画を催促されることもあり、更新を楽しみにしてくれている人に向けて、動画を作成しないとというプレッシャーも感じる事になった。

すると、僕はとたんに、自由にやっていたハズの動画編集という趣味が、いやそれよりもお金儲けの目的はもう忘れてしまって、完全に趣味に振り切っていること滑稽なのだけども、それでも何かしらの期待の圧は、重くなってのしかかって来た。

「やりたい事」から「やらないといけない事」に色を変え始めたところで、ウインドサーフィン以外の動画を公開することに、なにか制限めいた、たぶん単に自分で自分を縛ったルールを持ち込んだけかもしれないけど、それがかえって僕のYoutubeへの熱が冷めることに、たぶん、ひと役かったのかもしれなかった。

たぶん、このタイミングで軸がズレたんだと思う。

今の僕は、君が知っている時の僕とは少し形を変えていて、自分の軸を自分の中心に据えるようにして生きている。たとえば、さきほどみたいに、軸を自分以外の他人にズラしてしまうと、「承認欲求」となって、他人の期待に振り回される事になる。いってみれば、クルクル回るハムスターホイールの中を走るハムスターのようなもので、ゴールがなくて、ただただ人間関係に疲弊する。

さっきの「次のウインドの動画楽しみにしてます」という期待に応じはじめると、楽しいとか、面白いが薄まってしまって、他人のためにただ動画をアップし続けて、ハムスターホイールをクルクル回って走るハムスターのように、たぶんだんだんつまらなくなって疲弊してゆくのだった。

だから、自分の熱を感じて生きたいのなら、楽しいや面白いを自分の軸にして、他人の期待に応える事を少し手放してしまったほうが良いのだと思う。


「誰のために生きているのか」という問い

Youtubeでは、ウインドサーフィンが中心にファンがついていて、あの動画はもともとは僕が面白いからアップしただけで、ファンのためではなかったし、もちろんありがたいけども、実際に励みにもつながっているんだけども、誰のためのウインドサーフィンなのか?という問いは、たぶん持ち続けていたほうが良いと思う。

そして根源的に「今を生きる」という問いにも同じことが言えると思うのだけど、僕が今を生きるのは、誰のためでもなく、自分のためなんだろうけども、役割という枠がかぶさってくるから、自分をおなざりにする環境が出来上がってしまって、そこに忙しさが拍車をかけて考える余裕を奪ってしまって、いつのまにか誰かのために「今を生きる」じゃなくて、「生かされる」になっていたりするんだと思う。

そして、僕の今の生きる力は、たぶん君や娘、息子の存在が、僕を生かしてくれているという側面もあって、君たち3人が生きていてくれることが、どれだけ僕に、勇気を与えてくれているか、計り知れない何かを、僕は、もう、たぶんもらっている。

ここに、やっぱりひとりでは生きれない、それは弱さではなくて、家族の湖面をキラキラさせる太陽のような力を感じていて、今こう離れてしまってはいるけども、存在を感じて力をもらえたり、そしてたぶん僕も与える事ができてるんじゃないかなと思ったりもする。

そうであってほしいな。


そしてこのブログ

気がつくと、君たちにもらったものを大切に握りしめていて「何かを選んだ」という感じではなかったし、たぶん僕は、「こちらにしよう」と決めたのではなく、ほかのものに、だんだん手が伸びなくなったんだと思う。

考えて辿り着いた答えじゃなくて、もっとシンプルなもので、日々の中で、自分の中の小さな欠片を拾い集めただけというか、他人の期待に目を向けるより、自分の想いを拾ってみたり・・・とか、男らしさや女らしさより、自分らしさを拾ってみたり・・・とか、常識や正しさより、僕の考え方や世界の見方を拾ってみたり・・・とか、責任や役割よりも好きや楽しいを拾ってみたり・・・とか。ホントに小さな欠片が集まって輪郭を成してゆくのだと思う。

その違いは、とてもささやかで、見過ごそうと思えば、いくらでも見過ごせたのだろうけれど、でも僕は、それを見なかったことにしなかった。そうしているうちに、何が大切かは、考えてわかったのではなく、いつのまにか、もう知っていたのだと思う。

だから、今日も書いている。

そして、いつのまにか大きな声を出さない、静かなブログになったし、言葉を並べすぎず、余白を残す文体になったし、誰かの反応を待たずに、ただ、書くようになったのだと思う。

それは、目指した姿じゃないくて、整えようとした結果でもないくて、静かに残ったものが、たまたま、これだったのかもしれない。

そして、今は、それでいいと思っている。

理由をつけなくても、ここにいると、自分が少し楽だから。

旅人の唄

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この記事を書いた人

福祉事業の経営をしてます。①小規模多機能のケアマネ②現場の介助③厨房で料理作り④体操教室など地域ボランティアをしています。
「やってみる」を軸に人生の幅を広げます。ウインドサーフィン・登山・カメラ・バイクはSV650・競馬・FX・株式投資・投資信託などなど。体験を記事にしています。

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