2026初詣|影を追って歩いた京都

やっと2日がやってきたな。31日に登山部で忘年会があって、そこから人と会っていない。髪の毛を乾かしながら、いそいそと風呂上りから着替えていた。

時計を見上げると8:00になっていた。

今日はカメラを持って初詣にでも出かけようかなと、ふと息子が気になったが、夜中があいつの活動時間。そろそろ眠りに入る時間だろう。まるでドラキュラみたいな生活をしている。作業進んでいるのかわかんないけど、僕からすればサナギ状態だ。結果を急かしちゃいかんなと込み上げた何かを飲み込んだ。

今日はひとりでどこかへ行こう。

いや、その前にひと仕事していかないとな。入居者の独居のばぁちゃんが待ってるわ。朝ごはんとトイレ誘導して服薬管理だな。正月にこんな仕事をしているけど、心はすごく穏やかになっている。なんだろうな、優しく接することが出来ている。将来の自分を重ねてしまうからなのかもしれない。

いろいろ考えたが、今日は京都に行ってみよう。車はなんか嫌な感じがしたので、電車で行く事にした。正月早々に事故に巻き込まれる心配もないしな。

そうだ、なにか一冊本を持っていこうか。文章の勉強にもなる。

目次

なぜ京都へ向かったのか

今日はツーリング仲間が初詣ツーリングにいってて、僕は不参加。あまり気がのらない。ツーリング終わりの飲み会の不参加。話す前から話す事がわかるという。だいたいマウントとって、だいたい相手を批判して、だいたいといった具合で、ちょい時間もったいないなと。

そんな消耗する時間で正月を過ごすなら、ひとりで歩きたい。
気の向くままでいい。
カメラをもって歩いて食べる日にしたいなと思い立った。

初詣も兼ねたいので京都ということで目的地は決めたんだけど、電車で行くには関空に出て、そこから関空特急はるかで一気に京都駅まで行く方法と、京阪電車で出町柳まで行く方法とあるんだけど、JR駅から歩くのは遠いような気がして、まぁおけいはんで行きますかとなんとなく決めた。

もうなんとなくでいい。
目的は曖昧でいい。
その時の気分次第だ。


移動と身体感覚

南海電車で新今宮まで出て、おいしそうな南海そばを見つけて入った。立ち食いかと思いきや、最近の南海そばは席があって、店内BGMもピアノジャズになっていて、テーブルも間接照明でオシャレになっていた。そして430円だったかな。マックのてりやきセットよりは安いか。

店内は3名ほど客がいたけど、その中にひとり半そでの男性がいてた。この寒い日に半そでか。息子が金がなくて冬も半そでだったとか言ってたけど、本当だろうか・・・。僕を訪ねてからはハイブランドの服ばっか買ってたけど、反動なんだろうか・・・。よくわからない。

まぁ、今はハイブランドの服は買わなくて、もうユニクロばかりに落ち着いたけども、なかなかバランスの悪いところは誰に似たんだろう。

そんなことを思い出しながら、月見そばにたっぷり一味とうがらしをふってからずるずると頂いた。はぁこの安っぽさが旨い。学生の頃から南海の立ち食いそばにはお世話になっている。あの頃と全く変わらない味で安定しているな。うっすい出汁が懐かしいよ。

食べながらスマホで調べると、京阪電車は淀屋橋から出てるようで、新今宮で降りたらダメだった。難波まで行って御堂筋で淀屋橋で乗り換えだ。無計画すぎるとこういったミスも出てくる。ただ時間は余りあるほどある。いきあたりばったりでいいさ。今日はそんな日だ。

京阪電車に無事乗り込み、もってきた本を読んだがなかなかに難しいな。家にあった本を適当にもってきたけど、「フラジャイル・弱さからの出発 松岡正剛」と書いてある。フラジャイルは小島秀夫のデスストランディングのキャラで出てきた名前。それでフラジャイルという本を選んだんだけど、なかなかに難解な本だった。字も小さいし、眠くなってきた。

ウツラウツラしていると、ドアが開いているのに気がつき、多くの人がバラバラと降りていった。駅名は伏見稲荷と書いてあった。「あぁ、ここは鳥居がたくさんある稲荷神社の総本山だな。一度来た事があるな。」と降りようか迷っていたらドアが閉まった。

まぁ、仕方ない。次の停車駅はどこだろうと思っていたら、清水五条と書いてあった。たぶんこれは清水寺のとこだなと思い、そこで下車することにした。

体がそういったんだ。清水寺は行き慣れたところだ。情報もあるからどこを歩いたらいいか身体が覚えている。だからここで降りようと体の反応に身を任せたのだった。

僕はこういうところがある。いつも安全安心をとる。未知なる刺激に憧れてはいるのに選択しない。心に負担があるから。だからいつもの慣れたところに体が反応する。

改札を通れば490円の表示が出た。思ったより安いな。ここまでの交通費が1300円ぐらいか。今日は電車で来てよかったと思った。正月の京都だ。渋滞覚悟の駐車場代、高速代、ガソリン代と含めれば、こんな安値でこれたもんじゃない。儲かったと少し足取りが軽くなった。


最初のお参りと「吉」

ここから歩くならもう道はわかっている。五条から少し歩けば祇園だ。祇園の近くには八坂神社がある。素戔嗚尊(すさのおのみこと)が祭られていて、荒ぶる力で疫病や災いを祓う神様だ。だからここは「お願いを叶える」より、厄を落とす感覚が強くて、君も「私のパワースポットなの」と言っていたのもうなずける。

確か、厄除けのお祓いをしてもらったよね。あの時も君はしんどかったんだろうか。僕は気づけていなかったよ。ごめんね。今も同じなのかもしれないけど、あの頃よりは寄り添える力が備わっていたらいいなと思うよ。

やはりここは正月2日でも参拝客が多い。観光客も着物を着て参拝している。そしておみくじを引いて今年の運を占ってみると「吉」だった。だけど書かれていた事はおおむね良かったよ。今の僕には十分。少しつづ運を引き寄せていけばいい。


人の流れから外れる選択

さて、ここからはいつものコースを踏めば、丸山公園を抜けて清水寺を目指すんだけど、今日は特に人が多いので3年坂あたりで、人に流されるの光景が浮かんできた。歩くというより流されると感覚なので、これは次第に表情が歪んでくるだろうなぁと、身体が嫌がっていたので、反対方向へと足を向けた。

目的地は、たぶん南禅寺あたりになるかな。

まぁ気の向くまま歩いてみよう。
そのうち良いところに収まるさ。


知恩院:空間と呼吸

少し歩くと、大きな三門が見えてきた。この三門はこんな迫力だっけかなと記憶を辿るも、入った事がないからそもそもわからない。ここはいつも素通りしてたとこだ。

よくよく見ると知恩院と書いてある。これも何かの導きかと勝手に物語を乗せて入ってみることにした。

知恩院というのは、浄土宗の総本山だそうだ。「念仏ひとつで救われる」という教えで、よく聞く「なむあみだぶつ」というアレだ。開いたのは 法然(ほうねん)。

僕は真言宗なので、少し気が引けたが、まぁ今日ぐらいはいいだろうと思い階段を上っていった。大股でしか登れない大きな階段。一歩一歩が重くてすごく脚力がいる。はぁはぁと肩で息をして登り切ったら一気に空が広くなった。

とにかく広いんだ。真ん中に線香の煙が立ち上がり、その前には大きな本殿がある。線香の香りが気持ちが良く、鼻腔に通れば背筋が伸びる。身体の中の悪霊もどきが驚き逃げるような感覚を感じた。

「あぁ、いい。とても良い空気・・・」

線香に火を通すとゆっくり煙が立ち上がってゆく。その煙を流れる様をただ見つめているだけでも心が洗われるようだった。


千姫の墓と粉雪の瞬間

とにかく広いお寺なので、そりゃ総本山だもの広くて大きいのだろうが、奥になにがあるのかと好奇心に惹かれていくと、千姫の墓と書かれてあった。

ん?千姫!?

千姫といえば、徳川家康の孫で、豊臣秀頼の正室になった女性だ。豊臣秀頼は大阪冬の陣で敗れて腹を切り自害。千姫は逃がされて未亡人になった。ただこの結婚は政略結婚で夫婦とは形だけのもの。再婚相手が本当の夫婦となり、姫路城主の本多忠刻。本多家といえば、徳川家康の家来である本多忠勝の血筋で、ゲームの信長の野望でも能力値がめちゃくちゃ高い大名になる。

政略結婚で選択権のない人質みたいな結婚させられて、再婚で幸せになった人だ。ただ忠刻は30代に病死しているので、幸せはそう続かなかったそうだが、そんな有名な人の墓があるという事でお参りすることにした。

結構、階段を上り、参拝客もほとんど来ない奥地に千姫の墓があった。ひときわ大きな墓石を見上げながら、手を合わせた。すると強い風が吹きはじめて、周りの木々がザワザワと音を立てたと思ったら、頬に冷たいものを感じ、なんだろうと目を開けると粉雪が優しく舞っていた。

四方八方に賑やかに舞う粉雪をしばらく眺めていた。

太陽の光が反射して空がキラキラしていて僕は言葉を失った。


平安神宮と建築の違和感

千姫の墓で幻想的な風景に出会ったので、ここでも物語を乗せたくなりそうだったが、やめておいた。

ただ気象状況が重なっただけだ。
そこに物語はない。
それが一番自然な解釈だろう。きっと。

彼女の人生に、僕の身勝手な物語を乗せちゃダメだなと知恩院を後にした。

しばらく歩くと、遠くからでも見える。それぐらい大きな鳥居が見えてきた。あれは平安神宮だ。

平安神宮は、明治時代に建立された新しい神社。天皇を日本の君主としての世がつくられている時代で、天皇の先祖は神様の神武天皇。

歴史はおもしろい。

平安神宮で面白いのは、新道と位置付けるわりに、建築様式が中国っぽいという事かな。左右対称で中国建築のような雰囲気が強い。京都の日本建築から、いきなり異文化に入ったような気がする。


2度目のおみくじ「大吉」

さて、ここで再度おみくじだ。

先ほどの八坂神社で「吉」がでてた。ありがたくお告げを授かったのだけど、八坂神社は厄除けの神で素戔嗚尊(すさのおのみこと)ですよね。

平安神宮で祀られているのは、平安京を開いた桓武天皇と、京都が京であった最後の天皇である孝明天皇ですから、おふたりの天皇にお告げを授けてもらいましょう。

まぁ、そういう事で引いてみました。おみくじを。

ほれ。

見てみんしゃい。天皇様がこの僕に授けたお告げがこれでございます。

やっぱり天皇様だわ。わかってらっしゃる。

ええ、その指し示された御道を、わたくしは突き進んで参りますとも。ええ、是非とも。

流れが来たぞ!!


南禅寺と時間の層

さて、平安神宮まで来ると、南禅寺はすぐそこなので、雪が降るなか行く事にしました。ここは想い出がいっぱい詰まってます。身体が覚えているので、行くなと言われても足が向くわけです。

南禅寺の懐かしい門をくぐると、大きな三門が見えてきます。この三門の上に登ったのを覚えてますか?

この三門は石川五右衛門が、

「絶景かな、絶景かな。春の眺めは値千金とは小せえ小せえ。」

南禅寺三門の楼上(上の階)に立って、京都の街を見下ろしながら言ったというわけで、実際に史実かどうかは別として、物語としては歌舞伎で語られる場面。

その三門に僕たちは登ったんだよ。覚えてるかな?

僕はあの時、君に説明はしなかったけどね、おもしろいのは、禅は煩悩を手放せという教えなんだけど、石川五右衛門はアウトローの泥棒で「何にも属さない存在」だったりするんだ。権威や権力をもつ者が煩悩を捨てるという三門に泥棒が立つわけだ。

つまり何者でもない者が、いちばん高いところに立って、権威を見下すわけなんだよ。痛快で傑作な瞬間なんだ。

今の僕も、石川五右衛門ほどではないけれど、ツーリング仲間という群れから離れて、他人に無理に合わせず、僕はマイペースで静かな場所を選び、たぶんツーリング仲間は僕が来ない事を飲み会で批難してるだろう。それをわかったうえで、僕は行かない選択をして、それを俯瞰で眺めているという気分なんだ。

自分らしくあるために、無理に人に合わせなくていい。

これが今の僕だ。


記憶の場所:奥丹

そして日本最古の豆腐料理店の奥丹。覚えているかい?

ここは新型コロナのパンデミックから閉じてしまったようだけど、僕の中では全く閉じられていない。ここの想い出だけは色鮮やかに鮮明に残っている。

閉まっているのは知っていたんだけど、実は「奥丹」は清水寺の3年坂を上がり切ったところに店を構えているんだよ。そこだけ営業しているんだ。いつか君といけらたらと思うよ。

これは僕の願いでしかないからね。


南禅寺に西洋建築の意味

南禅寺周辺には琵琶湖の水を京都に流す建築がある。

明治時代にこの疎水が出来た。南禅寺という日本古来のものが近くにはあるんだけども、この様式建築を受け入れたんだ。伝統とか文化を重んじるよりも、今、京都の民は何を必要としているのか?という事を受け入れたんだね。

この日本的な考えが、僕の中にも流れている。

今、何が大切か?

物語なのか?
恨みなのか?
それとも君の安全や安心なのか?

結局は、子どもたちは、もう大人になりつつあるけど、君の幸せが子どもたちの安心につながってゆくんだ。

今、必要なのは君の安全や安心が最優先。

それだけのこと。


チラシ

さて、これで今日はそろそろ時間になってきて、僕の足もジンジンとしてきたので、南禅寺を後にして、駅を目指そうと思う。

雪が風に舞いクルクルと回っているけど、気になる感じでもないし、足を進めて帰路を急いでいた。

ホント、それだけだったんだけど、目の前に急に現れた女性が僕の顔を覗き込んできた。ほんとに急だったので僕は少し驚いたんだけど、僕の間合いまで入ってこられたので、虚をつかれて僕はきょとんとして彼女の目に引き込まれてしまった。

そして彼女は、一枚のチラシを僕に手渡し言ったんだ。

予約が必要ですが、いつでもお力になれますって。

渡されたチラシがこれ

僕はどんなに思いつめた顔をしていたんだろうか。いや、そんなつもりもないんだけど、彼女には思いつめた顔に見えたんだろうなぁ。

僕がその時に考えていたことは、帰ったら入居者に晩ご飯を作らないといけないなという事で、何時ぐらいに着くのかなぁとか、晩ごはんのメニューは何にしようかなぁとか、効率的にしたいからどいういった順番でケアをしようかなとか、そんなことを考えていただけなんだけどね。

僕はかなり不幸そうに見えたんだと思うよ。

まいったな。


帰路と今日のふりかえり

12/31に登山部の忘年会。そこから人と触れ合わない日が2日続いで、曜日感覚がわからなくなって、入居者のケアが外に出るキッカケになってて、それでも元旦はデイルームで籠っていた。

人と会わない日が続くと、僕はとたんに腐ってしまうなと思って、思い切って出かけたわけだけど、出かけた先が京都で、しかも八坂神社、平安神宮、南禅寺、南禅寺三門、旧奥丹と君の影を追っていた旅になってしまった。

これも身体が覚えているからなのかもしれない。

だけど、これも時間とともに風化してゆくんだろう。というか風化して次へ行かないと君が歩けないよね。だから僕は前を向いて行こうと思う。

まだまだ僕は身体の記憶に支配されてそうだから、先行き不安だけどね(笑)

シャ・リオン


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この記事を書いた人

福祉事業の経営をしてます。①小規模多機能のケアマネ②現場の介助③厨房で料理作り④体操教室など地域ボランティアをしています。
「やってみる」を軸に人生の幅を広げます。ウインドサーフィン・登山・カメラ・バイクはSV650・競馬・FX・株式投資・投資信託などなど。体験を記事にしています。

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