ジョニ黒
肉を網の上に置く。
じゅぅぅぅっといかにも美味しそうな音を立てて、煙が立ち上る。
グラスを傾け、スモーキーな香りで喉を潤す。
グラスにはジョニーウォーカーと書かれている。
今日は解体屋の飲み会に参加させてもらっている。
いつもの飲み仲間の髭社長と奥さん。その息子さんと社員の4名。
白髪が混じった髭のオッサンが、いつもと違う雰囲気で話しかけてくる。
僕は笑って冗談を言うが、声のトーンは明らかにいつもと違う。
プライベートでの飲み会とは違って
社長という役割をまとった飲み会では呼吸が違うのだろう。
再びグラスを傾け、喉を潤す。
こつんと唇に氷があたった。
・・・もう空になったのか。
白髪の髭おやじは、横に座る妻に「タンを焼いてくれ」と言い、妻は座りなおして、タンが並んだ皿を持ち上げた。
次々に網に並べられるタンは、煙と共に身をねじる。
その前で美味しそうに焼けるのを眺める青年は、生ビールの最後の一滴を飲み干し、注文のベルを押した。
彼の前には、2瓶の空のジョッキが置かれていた。
僕とその青年の間に挟まれて座る、髭おやじの息子はコーラーを飲んでいる。
僕と髭おやじのたわいない話に興味なさそうに距離をとっていた。
箸で焼けたタンをつまみながら、黙って食べている。
退屈な時間を少しでも有意義な時間にしようと、彼はしびれを切らして仕事の話をしだした。
場の温度が、少し下がったのを感じた。
会話の温度
日頃は解体作業を行う彼らの会社の飲み会。
その場に僕は呼ばれて来たわけだが、気心知れない青年がいることで、僕の呼吸は少し浅くなっていた。
そして、今まで黙っていた髭おやじの息子が話し始めた事により、場の温度が下がり、僕は呼吸を整える。
彼は仕事のアイデアをつらつらと話し始めた。
解体作業を請け負ってやっている請負業が、この会社の売り上げの主軸。
その会社の在り方に、彼は問いを投げかける。
安く出回っている古い建物を土地ごと購入して、そして更地にして売りに出す。
更地のほうが土地の価値は上がるので、儲けが出るのではないか?
・・・すぐに髭おやじはダメ出しをする。
保育所が足らないらしい。保育所の運営って儲かるのかな?
・・・またもや髭おやじはダメ出しをする。
肉フェスってあるらしい。主催して場所代で十分な上がりがあるらしい。問題は天気なんだけど。
・・・やっぱり髭おやじはダメ出しをする。
髭おやじの口元は少し震えていた。
感情が揺れているのが見てとれた。
場の空気は、下がったところからトゲトゲしくなってきて、髭おやじはさらに言葉をかぶせている。
それに息子は小さく反論の狼煙を上げるが、そのうえから髭おやじは水をぶっかける。
そして火は消えた……。
ん? なんだろう、この雰囲気。
彼の息子は仕事のアイデア出しをしている。
実際にやろうという話ではなく、互いに思うところの意見を出し合えばいいだけなのに。
酒の場で思考し合うゲームとして楽しめばいいのに。
会話の違和感だけが僕に絡みついてくる。
結論じゃなくて、親子の呼吸を楽しめばいいのに・・・。
互いを同じ枠に閉じ込めようとするから窮屈に感じる。
息子が何か言い出せば、髭おやじは髭をピンピンに立てながら、消火剤という言葉を振りかけて消火する。
くすぶり続ける火種も鎮火されるんだ。
僕が息子と向き合い話をするとき、例えるなら浜辺で砂をかき集め、山を作り、トンネルを掘り、そして池を作って、波が壊そうとするので堤防を作ろうとする。
その一連の遊びは、僕と息子の呼吸がピッタリと合って初めてカタチをもってくる。
だけど、この親子の会話は、浜辺で砂をかき集め、山を作りトンネルを掘ろうとしたときに、髭おやじが足で踏みつけてしまう。
何度も何度も作ろうとするけれど、髭おやじが何度も何度も何度も足で踏みつけて壊してしまう。
そして作る気力さえ失ってゆく。
僕は見ていられなくなって話題を変えた。
息子の服作りについて話をしはじめたが、今度は髭おやじの息子が言い出した。
「服づくりでやるんなら銀行でお金を借りてやらなきゃダメですよ。」
いきなりダメ出し?
ああ、この親子は似た者同士なんだと思った。
夢を語り合うような温度じゃないなと、僕は静かに心の扉を閉めた。
良いタイミングで店員が注文を聞きにきたので、僕はハイボールを注文した。
自分の過去との重なり
僕が今日、この話をするのは、君に謝りたいからなんだ。
かつての僕は、この髭おやじだった。
君が話しはじめると、僕は極論で返した。
君が話しはじめると、僕は結論で返した。
君が話しはじめると、ダメ出しで返した。
次第に君は会話を諦めてゆく。
そして心の扉は閉じてしまった。
昔の僕がこの親子に重なっていったんだ。
空のグラスは、失ってしまった君との満たされていた空間そのものに見えたよ。
グラスを傾けてもスモーキーな香りはなく、代わりに冷たい氷だけが唇に当たる。
噛み合わない話は続けられて、話題は温度をもつまでもなく冷めつづけ、話はもう終わりを迎え、彼の息子はさっさと食べたら帰ってしまった。
注文したハイボールは、もう空になっていた。
空のグラスに氷がクルクル回るのを眺めながら、僕は思ったんだ。
君が僕に願った期待は、ささやかなものだったのだと思う。
そのささやかな願いさえも、僕は受け取れなかった。
君が投げてくれた会話を、投げ返しもしない。
会話はクルクル回って落ちる。
落ちた会話はこの氷のように溶けて無くなってしまう。
初めからそこに存在していなかったみたいに・・・。
僕は髭おやじだったんだよ。
境界線
この髭おやじ親子の会話の温度に気づけるだけ、
僕は成長したんだなと感じた。
息子とよくメシに行っては話をするんだけど、まずは聴くことから始まる。
彼の話は活火山で、ある時はモクモク煙がでていて、なんだか内部で轟々と熱を帯びている感じがする。
次に会った時はどっかーんと噴火していて、閃きやアイデアが噴出して、それを感覚として話すものだから抽象的すぎてついていけない時がある。
マヨネーズを「ぎゅぅ」とボールに絞りだして、「うん?」と見てたら、じゃがいも潰しだして、ここでやっと「あぁポテトサラダを作るのか」ってわかる感じ。
そして息子が砂浜で山を作っていても、川をつくっても、僕は隣で見ているだけ。
これが見事な城になればいいなと願っている。
そこにダメ出しなんていらない。
あるがままを見ている。
Sand castles are being worn away by the waves.#fineart pic.twitter.com/G1aA2Ci3Px
— ライカー副長 (@yamaosun) December 20, 2025
僕が手を出すのは、波が来てすべてをさらわれそうになった時に、急いで堤防を作るのを手伝うぐらいかな。
息子と僕には明確な境界線があって、その境界線を越えて干渉しないというのが今の僕。
ただ不安にはなる。
このままでいいんだろうかと迷いながら見ている。
離婚は僕にとって変わる起爆剤になったよ。
君の目論見どおりかもしれないね。
変わった僕は、今こうやって君に語り掛けている。
君にとっての安全な窓になればいいなと願っている。
不特定多数が見れるメディアにつらつらと綴っているけど、読んだ誰かの反応はあまり関心がないんだよ。
水に浮かぶ落ち葉に、石を投げてみても、ただただ浮かぶだけ。
そんな感じが今の僕。
届いてほしい人に、丁寧に言葉を紡いでゆくだけ。
そして紡いだ後は、君に委ねる。
この境界線の引き方が大切なんだと
気がついたんだよ。
