世界を測るものさしは、それぞれ違っていい。
縫い目のズレに気づけるなら、それだけで十分だ。
第1章|眠りと目覚めの間で
I envy the birds
(鳥たちが、うらやましい)
おはよう。今日は息子の近況の話をするよ。
ちょっと多忙が続いていたせいか、昨夜は仕事から帰ったあと、寝室にたどり着く間もなく、眠ってしまっていた。部屋の灯りはつけっぱなし。
うたた寝の姿勢のまま、時計の針が21時すぎを指していた頃に目覚めたんだ。
部屋は冷蔵庫の低い音が鳴り、静かな夜を更に強調していたんだ。
夢うつつのなか、電灯がエアコンの風でゆらりと揺れていたよ。
そして僕は息子にLINEを送ったんだ。
「イオンに行くけど、どうする?」
返事はない。
服づくりに夢中になっている時は、たいていそんな感じ。
だからそっとしておくことにしたんだ。
第2章|灯りと静けさの買い物
Falling in love with the feeling
(ただ、“感じる”ということに恋してる)
夜がとても寒くなってきた。
テールランプが流れる中を車を走らせてイオンの明かりが見えてきた。
店内は時間も遅かったので人も少なくて、必要なものだけを選ぶ人の動きが心地よかった。
白菜・鶏肉・豚肉と買い出し、息子の分の鍋の具材も買いだしてゆく。
レジを出た頃、息子からLINEが届いた。
「気がつかなかった」
わかってるよ。晩飯を買ってかえるから。
帰宅して、買い出しした袋を渡すと、彼は言った。
「今、作ってたやつ見てくれる?」
寝ぐせもなおさず試作品の着こんで、鏡に映りこむ自分の服をチェックしはじめた。
今の息子の世界観をつめっ込んだ世界で一着しかないものが
今、僕の目の前にある。
ふっと胸が熱くなる。
第3章|マネキンという風景
All of my existence drifting in the stars
(僕の存在は、星の中をただ漂ってる)
アトリエは相変わらず無造作に生地が置かれていて
机の上に散らばった針山、型紙、ライン引き。
そしてその中央に、マネキンが立っていた。
彼の身体を写し取って、自分の手でつくったマネキン。
ガムテープで型をとり、針金で骨格を組み、発泡ウレタンで固めたという。
「サイズ、ぴったりにしたかったから」
その言葉に、少しだけ息が深くなり、驚きよりも、しん…とした静けさの方が勝っていた。
マネキンまで作ったのか・・・
彼の集中力は半端がない。
好きを軸にすれば寝食忘れて没頭する。
だから半端ない努力も、寝ぐせだらけでやりこなしてしまう。
これは才能なのかな・・・
そしてこの息子のモノづくりの才能を引き出したのは、まぎれもなく君なんだよ。
覚えているかい?
妖怪ウォッチのバッチをダンボールで作っていたろ?
あれ、君が息子に提案した物作りのキッカケじゃなかったかな?
安易に買わない。その代わり作れ!と言ったのは、
君だったような気がするんだけど。
あの時の君の教育が、今こうやって実を結んでいると感じるんだ。
第4章|群れないという構造
I’m not made for this world
(私はこの世界のために、つくられたわけじゃない)
息子は、群れることに関心がないんだよ。
でもそれは「孤立」ではなく、
ただ、自分の感性を守っているだけのことだったりする。
息子の思考の幅の話をすると
- 感性でモノを見る能力
- 理論で構造として理解する能力
- 多角的に分析する能力
- 自分も含めて俯瞰で眺める能力
- 自分の世界観をつくる能力
- 世界観をカタチにする能力
このそれぞれの能力のなかで、①感性でモノを見る能力がある。
息子の感性は、どこか君の在り方に似ている気がするんだよ。
言葉よりも、空気の波で何かを受け取っているような。
世界を、全身で感じ取っている気配。
そんな風に思えるんだよ。
そこからは、②それを構造に落とし込んで、
⑤自分の世界観として、静かに編み直している。
⑥そしてその感覚を、服というかたちにして、そっと差し出している。
思考の幅が、ただ広いだけじゃなくて、
その回転もとても速い。これはもって生まれたものなのかな。
話を聞いていると、僕の中の静かな領域が
いつもより少し奥まで動くのがわかる。僕のほうが刺激を受けるんだ。
高校の頃、まわりの話題が、
好き嫌いやその場の感情で回っているように見えたらしい。
それが息子には、少しだけ違和感として響いたんだろう。
だから、自分のペースで動き出した。
ちょうどその頃、バイクの免許を取った頃だよ。
それをきっかけに、
大阪の外へも、静かに足を伸ばし始めたんだ。
実際にここから息子は世界を広げ始めたからね。
まわりから、何か言われることもあったみたいだけど、
彼は特に反応することもなく、
ただ、自分の速度でゆくようになっていった。
群れない選択。
話が合わないことへの淡い違和感。
息子が言うには小学校の高学年あたりから、
周りとの距離を、どこかで感じはじめていたようだよ。
話が合わないこと。
表面的な盛り上がりに混ざれないこと。
モヤモヤを抱えながら過ごした日々だったようだ。
少し浮くことになっても、
彼は、自分のままでいるほうを選んでいたようだった。
誰かになびかず、群れず、
遠くから、その場の空気を静かに見ていたらしい。
そういう目線が、
もうその頃から、どこかにあったのだと思う。
それでも、彼は周りに自分をなじませる事はせず
考えて考えて考えて、そして自分の道を探していたわけだ。
そんな折に進路を留学という道へ向けて、もともとの思考の幅と思考のスピードに加えて、思考の広さを留学で手に入れてゆく。
もう息子は世界の広さを知ってしまったから、戻る事は出来ないんだと感じるよ。
そして、今まさに突っ走っているわけだよ。
第5章|静かな夜の輪郭
I carry along a feelin’
(ある感覚を抱えて、私は歩いてる)
息子の話を聞いていると、
僕も普段使わない場所が動き出すんだ。
感性の領域で聞くことは、脳の奥を刺激されて
疲れていても、どこかで無音な残響のように響き渡ったりする。
息子のアトリエは、散らかってはいるけれど、まさに彼の宇宙だよ。
- 暖房のついていない部屋。
- マネキンと布と、彼の集中。
- 世界の静かな再構成のような風景。
僕はただただなにも評価せず、なにも決めず、
ただ、こういった宇宙もあるんだなと受け入れるだけだよ。
彼の近況を今日はつづったわけだけど
少しは君の安心につながったろうか?
僕の世界は君の安心をどう作ったらいいのだろうかと考えている。
離れてはいるけれど、君の呼吸が深くなればいいなと思っているよ。
おやすみ。良い夢を。
