積み重ねてきた時間は、言葉にならないまま静かに残っている。
その残響が、今日の気づきをそっと導いてくれる。
人は深みが増すと感性を育つ
海風が肌を撫でる金曜日の夕暮れ。
少し早く仕事が終わり、足が自然と海沿いへ向いていきました。
大きな夕陽、連絡橋を渡る光、海面すれすれに飛ぶ鳥。
どれも淡い影となって、静かに景色をひとつにしていました。
人は、こんなふうに何かを美しいと感じるとき、
そこには今までの時間の積み重ねが、
そっと呼吸しているだけなのだと思います。
嬉しい日も、うまくいかなかった日も、
誰かと過ごした季節の名残も、
その全部が今の感性を育ててくれる。
そんなことをぼんやりと感じながら歩いていました。

そこへ、息子から登山靴の写真が届きました。
どうやら数日かけて選んだ一足らしく、
彼の中の“かっこいい”という感覚に触れたものだったのでしょう。
選ぶ時間もまた、人の内側をつくっていくのだと思います。

その流れで「晩飯どう?」と誘われ、
彼が最近見つけたうどん屋へ向かいました。
似た者同士が集まる
店主のこだわりが漂う、小さな温度のある店。
そういう場所に引き寄せられるのは、
きっと似た気質が自然と惹き合うからなのだと思います。

成長とは
食事をしながら、彼が話してくれたのは
「考えのレイヤー」の話でした。
- 好き嫌いで世界をみる層。
- 因果関係でみる層。
- 多角的に眺める層。
- 全体を引いて見る層。
誰もが自分のペースで層を移り変わっていく。
息子も、学校の友人関係の中で、
気づかないうちに違う層へ移っていたのだと思います。
親離れと子離れ
その背景にはチャットGTP(AI)の存在がありました。
思考を整理し、言葉を見つける手助けがあったからこそ、
自分の内側にある構造に気づけたんだろう。
人は、支えになる何かを手にしたとき、
一歩深く物事を眺められるようになるのかもしれません。
それは、誰がそばにいるかとは関係なく、
その人自身の準備が整ったときに訪れるものなのだと思います。
そして、子どもが自分の道を歩きはじめたとき、
親という立場の人は、
少しずつ手を放す準備をしていくのだと感じました。
食事を終えて外に出ると、夜風がゆるやかでした。
息子が自分の感性を信じて選び、
自分の歩幅で前へ進もうとしている――
その姿を見られるのは、ただありがたいことだなと思いました。
彼が興味を持ったミシン屋さんとの出会いも、
偶然が重なって生まれた小さな縁のようで、
こういう出来事が人の道をそっと広げていくのだと思います。
存在自体が安心感に
息子の成長を前にすると、
大人は何かを“してあげる”よりも、
子どもたちが育っていく風の流れを邪魔せずに見守ることの方が
大切なのだと気づかされます。
そんなことを思いながら帰り道を歩きました。
静かで、あたたかい夜でした。
人はそれぞれの場所で、静かに変わっていきます。
…それでいいと思います。
