「支配でなく支え」でいるという選択
息子が一人暮らしを始めました。といっても僕の家の隣に住んでいます。
けれど僕は、あえて距離を詰めませんでした。すぐ隣に寄り添うことも出来たけれど、それが正解だと自信を持てなかったからです。

なぜか?
母親の気持ちが想像できたからです。お腹を痛めて産んだ子を、本心から「出ていきなさい」と言える母親がどれだけいるでしょう。僕の知る限り、彼女はいつだって子どもの側に立ち、時に自分を削ってでも子どもを優先してきた人でした。だから、ここで僕が「父親の正しさ」を振りかざしてしまうと、誰も救われないなと感じたのです。
自分の正しさにこだわる事など、なんの価値もない byライカー副長
僕は「支配ではなく支え」を軸にすることにしました。
寄り添い方を間違えないように、少し下がった位置から、倒れないように見守ってゆく。距離を置くのも支え方のひとつだと、今はそう信じています。
期待は動かなかった
環境が大きく動けば、元妻との関係も連動して変わるかもしれない。どこかでそう期待していました。
けれど、現実は動きませんでした。元妻は息子とも僕とも距離を取り続け、防御の姿勢を崩さないまま。自分を守るのに精一杯なのだと思います。余裕がない。たぶん、しんどい。



だからこそ僕は息子に伝え続けています。
「ママは余裕がないだけで、愛がなくなったわけじゃないよ」と。
そして僕は、その現実を許容しました。受け入れることは簡単ではありません。
でも、ありのままを受け入れることが、時にいちばん静かな支えになると信じています。
今は波風を起こさない。元妻の要望に応える。正解かどうかは、また別の問題。
だからこれは準備期間です。元妻のことも、娘のことも、ひとまず視界からそっと外して、自分に出来ることに集中してゆく。
息子の恋と父のざわつき
息子には留学先でできた彼女がいます。LINEでちょこちょこ聞いていました。
最近、「関東に行く」と言い出しました。「彼女が帰国するから迎えに行く」と。



なんだそのツンデレ。
優しいやつだな、と少し頬が緩みます。
……ところが。話の続きに驚きました。



「彼女の家に泊まる。期間は決めてない」
え? 泊まる? 期間未定?



その瞬間の僕の中身を、分解するとこんな感じでした。
- 驚き:親御さんもいらっしゃる家だよね?
- 心配:ふたりの関係は公認なのか? 結婚を見据えているのか?
- 現実感:親御さんの前での立ち居振る舞い、見られているぞ?
- 止めない覚悟:口を出し過ぎたら台無しになる。支えでいよう。
息子は、もしかしたら事の大きさを軽く見積もっているかもしれません。
大切な娘に彼氏ができるだけで親にとっては一大事。その彼氏が家に来る。泊まる。親御さんがOKを出したとしても、息子の言葉や視線や姿勢の一つひとつを、冷静に見定めるはずです。
手土産という小さな戦略
月並みかもしれませんが、僕は手土産を提案しました。
息子は「551の蓬莱がいい」と言う。いや、それは新宿のデパ地下にもある。
だったら泉州の水なすだろう。向こうでは食べ慣れていないはず。土地の匂いがする贈り物は、説明抜きで“礼儀”になります。
息子は自分の財布で水なすを買い、持って行きました。
喜んでいただけたそうです。本当にそうだったのか、やさしい嘘かは分かりません。
それでも親として僕は嬉しかった。ありがとうございます、の気持ちが自然と湧きました。
さらに、向こうのご家族はいろいろ体験させてくれたそうで、クルーザーに乗せてもらったり。息子は目を輝かせて帰ってきました。



重ねて感謝です。
住む世界が違っても
お相手のご家族には、勢いと切れ味のある空気が漂っているようです。
僕はどちらかというと平和主義で、ぼんやり屋。たぶん、住む世界は違います。価値観も、きっとズレます。
でも、無理に合わせるつもりはありません。
自分らしさは保ちながら、失礼のないように丁寧に接する。
それが息子の邪魔をしない、いまの僕の最適解です。
親の苦悩という名のブレーキ
こういう局面では、本人の魅力だけでなく「親の性質」も、どこかで見られます。
そこに、親の苦悩があります。苦悩がなければ、ただの楽観的なバカ親になってしまう。
子どもの幸せを願うからこそ、何度も何度も立ち止まって、思慮を深め、言葉を選ぶ。
それが親なんでしょう。
僕はいま、息子に親にさせてもらっています。
「支配ではなく支え」という軸を胸の奥に置き、
焦らず、騒がず、出来ることを積み重ねてゆく。
それが、この準備期間の僕の役割です。
それぞれの夜の視点



今度は彼女が僕に挨拶にくる!?
息子が関東に行き、彼女の家にお泊りをしてしばらく経った後の事です。
次は彼女が大阪に来るということで、僕に挨拶に来るという話になります。
息子と彼女を誘い食事に行ってきた時の出来事。
僕の視点
息子の彼女と会いました。なんか物静かな女性で、自分の考えや意見などの芯がしっかりとあるんですが、あまり口数が多い女性ではない?のかな?ただ忍耐力と行動力があり、実際に自分の考えを押し通すだけの馬力はある女性だなぁと感じました。
ずっと年上の僕なのですが、初めての体験である息子の彼女に会うというイベントに、心の中ではさざ波が立っていました。構えすぎないようにしようと思っていました。息子と同じように、彼女にも先輩後輩のような距離感で接したいと考えていました。
息子が選んだ人ですから、その選択を尊重したいと思ったんですが、やはり緊張します。たぶん彼女も緊張していると思うので、僕は静かにしていたほうがいいと思います。
難波の地鶏屋で席に着きました。
会話は少しぎこちなく、箸の進みもゆっくりでした。
口に合わなかったのか、それとも緊張していたのか…たぶん、大人との会話に慣れていないんだろうなと感じました。20歳そこらの女性が、大人に囲まれ話をするという機会なんてそうありませんよね。
ただ、それは環境の問題です。僕は常に大人に囲まれ育ちました。建築家や大学教授や、デザイナーや商社マンなどの大人の会話に触れてきてました。そういった環境で育ったんです。だからこそこのお食事会もある意味では良い機会だろうと思ったわけです。息子にとっても、彼女にとてもね。
ただ、彼女の視点を忘れずに、遠距離恋愛の邪魔にならないよう、時間を短めに心掛けました。彼女にしてみれば遠距離恋愛。やっと会えた彼氏です。その時間を大切にしたいと思うのは当然のこと。
だからこそ息子と彼女の時間に食事会をセッティングするという事に悩みましたが、彼女は「そんな事は気にしないでください」と笑って言ってくれていました。
その笑顔を見て、彼女なりに彼氏の親である僕との距離を縮めようとしてくれているのだと思いました。彼女なりの誠意だったんでしょう。
彼女の視点(推測)
彼の父親に会う日。
どう振る舞えばいいのかわからないまま、少し緊張していたと思います。
笑顔を保ちながらも、食事が喉を通らないくらいの緊張感だったかもしれません。
でも、彼のことをもっと知りたいと想う気持ちが、小さな不満を口にしてみたのだと思います。
責めるためではなく、理解したいというジレンマ。
息子はあまりlineの返答を返さないらしいです。だからこそ彼女はやきもきする。
その想いを僕に吐露したんでしょう。
想像していたよりも僕は優しい目をしていたように感じたのかな?愚痴を言う事が出来る隙間を作れたのではないかなと思います。
距離を置きながらも、こちらをきちんと見てくれている雰囲気があったと思います。
何度も「ありがとう」という言葉が出てきました。
息子の視点(推測)
父と彼女を会わせるのは、少し緊張していたはずです。
でも、父はこういう場面で無理をしない人だとわかっていたと思います。
というか、どういった行動に出るのか予測不可能でドキドキしていたのかも。
だけど、自分の選択を否定される事はないと信じてくれたからこそ、会わせてくれたのかもしれませんね。
終始、彼女の事を心配している様子でした。
父が短めの食事会にしてくれたのも、ありがたいと感じていたのではないでしょうか。
父なりの気遣いだと、きっと思ってくれていたと思います。
というか、思えよ。
親としての心遣いと心配
ひとつの夜に、三つの視点が交わったように思います。とても緊張しながらもさぐりさぐりな食事会でした。
立場が違えば見える景色も違いますが、共通していたのは「関係を壊さないように」という意識だったように思います。
親として、僕ができることは、息子と彼女の幸せをつぶさないようにすることだと思います。
そして彼女が大切にしている人たちのことも、同じように大切にしていきたいと感じました。
そのためには、自分の正しさを前に出さず、失礼のない距離感で見守ることが必要だと思います。
心配は尽きません。
価値観の違いや世代の差、環境の隔たりもあると思います。
それでも、それらを超えて「息子の選んだ人」という事実を守ってゆくことが、今の僕にできることだと感じています。